騎西町は農業を中心として古くから人々が暮らしてきた田園の街。 戦国時代以降は騎西城の城下町として栄えました。 神社仏閣や史跡に恵まれた文化財の豊富さは特筆に値します。 地名の「騎西」は、 皇后の領地を管理していた私部(きさいべ)、 あるいは古くからこの地方一帯を埼西郡(きさいぐん)と呼んだことに由来すると言われています。 現在は首都50km圏内にある農業、 工業、 商業が調和した田園都市であり、 町の中央を国道122号線が貫く交通アクセス抜群の地となっています。


国学と神道の研究者として多大な功績を宛した河野省三は明治15年8月10日に騎西町で生まれました。
父は玉敷神社に仕えた河野禄郎。 地元で尋常小学校、
尋常高等小学校、 私立埼玉中学校(現在の不動岡高校)を卒業後、
上京して国学院に学びました。 明治38年には教員免許状を受けますが、
郷土の玉敷神社宮司に補せられます。 その後は埼玉中学、
国学院大学、 曹洞宗大学などで教鞭を取りつつ、
国語・漢文・歴史に深い洞察を傾け、 神道の研究に没頭。
そして大
正から昭和にかけて国学と神道の権威として活躍します。
その見識は当時の内閣や文部省からも高く評価され、
評議会・審議会・編纂委員など数々の要職に着きました。
昭和22年に神社本庁より長老の称号を与えられ、
36年には紫綬褒章を妥章します。 38年に80歳で狭心症のため逝去、
騎西町名誉町民(第1号)となりました。

